よみがえる日本の美

豊かな自然環境で育まれた日本人の感性は、
情感豊かな美意識に転化し、
独自の芸術文化を発達させてきました。

日本の美が優れたものであることは論を待たないものですが、
これほど文明が発達し、
自然環境の汚染が進んでくると、
優れた五感を有する体質をもった人材が生まれてこないような危惧があります。

無から有は生じないように、
伝統文化を改めて辿ることによって、
新たなものを生むステップになる方程式に則れば、
私たちの選択した道は 「よみがえる日本の美」が具現化するものと信じています。

そして、社会が複雑化し、
災禍頻発する今日に必要とされるものは、
優しさや癒しの温もりあるものづくりだと考えます。

先達が歩んだ原点に帰り「人の手」というものを見直してまいります。

機能性や利便性のみならず、
郷土の工芸に愛情や詩情性を込められた作品が生まれていけばと精進してまいります。

ー よみがえる日本の美プロジェクト代表 蒲地孝典 ー

 

【よみがえる日本の美】

その想いは約25年前にある雑誌に記してあった、 外国人ジャーナリストの記事を読んだ時から始まりました。

【日本人は自国に素晴らしさに気づかず知ろうともせず、西欧文化を真似したがる国民である】

私はその言葉に衝撃が走り、
先ず住んでいる有田焼について 調べ始めました。

有田に嫁いで11年目のことです。
その頃夫である蒲地孝典は 【海を渡った有田焼】を里帰りさせるために、
年間120日はイギリスやアメリカに出張しておりました。

 

話すことは有田焼のことばかり。。。

その時までは有田焼は美しいとしか知らなかった私は
先ず有田焼について全く無知でしたので、
足を運んだのが有田にある九州陶磁文化館でした。

そして資料館。。。
毎日のように通い 有田に関する本をよみあさり、
そこから有田のすばらしい歴史に触れることが できたのです。

そして 最終的に到達したのが【ジャポニスム】でした。

 

1 616年から歴史が始まった有田焼はマイセン焼初め世界の名窯に多大な影響を与えた第一次輸出期に輸出された古伊万里伊万里があり、又明治時代に入り世界万国博覧会に出品された有田焼。

金賞を初め数々の賞を獲得し 世界の人々の垂涎に的となりました。
まさに美しい紋様の有田焼は世界を魅了したのです。

又有田焼を初め、日本伝統工芸はフランスナンシーから派生した 【ジャポニスム 】が流行し、
画家のゴッホ ロートレック モネ ガラス作家 エミールガレやドーム兄弟、
銀作家クリストフルやティファニーなどの芸術家にも多大なる影響を与えたのです。

それまではシンメトリー紋様が主だった西洋美術工芸は、
明治時代開催された万博で高い評価を受けた有田焼。

フランスのナンシーにあった森林学校に高島北海が日本政府より赴任。

 

エミールガレとの出逢いによって自然を取り入れたモチーフをガラスや家具などに反映させていったガラス作家エミールガレは、
有田焼倣って有田焼紋様を施した絵皿やランプがナンシー美術館に残っています。

私共はジャポニスムの再来を願って
日本 日本伝統工芸 茶文化 精神 生活 食文化 など、日本の美しさをよみがえらせたいと、
これまで数々の活動を続けております。

日本を知ること・・・それは日本人としての誇りと自信に繋がり、日本を愛すことにも繋がることでしょう。

 

未曾有の大震災後、又現在コロナ禍で日本は変わってきています。

皆様がひとりではいたくない、人々との交流を求めている方々が多くなってきました。
金銭物質至上主義から心の時代になってきたように思います。

これまでイベントや商品開発など事業を展開してまいりました。

 

【よみがえる日本の美]

私共は物だけではなく、日本のよき風習や精神もよみがえらせる事が、今の時代大切だと考えております。

今こそ 利休の言葉 おもてなしとは心を篤く 道具はありあわせに・・・

その茶の心がすべてに必要だと 思っております。

 

日本の伝統工芸や精神は茶文化からなりたつと言っても過言ではないでしょう。

自分が選んだ大切な物を傍に置き 大切にすることは禅の心にも繋がります。

本物と向き合うことで豊かな気持ちで暮らしを 愉しめるのではないでしょうか。。。

【よみがえる日本の美】・・・ 長年の生活ライフスタイルでもありますがこれからも追求してまいります。 (蒲地あき子記)

 

私達は 【よみがえる日本の美】をコンセプトで、企画展や展示販売会を開催。
又商品も同じコンセプトで開発しております。

この活動は創案から25年の歳月が流れましたが、
常に一貫した主旨でこれましたのも、
プロジェクトの主旨をご理解いただいた多くの方々のご協力ご尽力いただいたお陰様と心から感謝申し上げます。